BEATS AND LOVE

スピリチュアルカウンセリングとヒップホップ音楽、ライフスタイルや考えあれこれ

別次元(夢)での犬のレスキュー、動物たちの魂

今回は、夢の次元で交流したある犬たちにまつわるエピソードと、私たちにとって同じ地球に住む身近な異種族である動物たちについてのお話です。

夢にシンボルとして出てくる動物と、実際の存在としての動物たち

私の夢には、様々な動物もよく登場するのですが、それが自分自身のシンボル(象徴)として表れているとわかるときと、それとはまた別の交流とがあります。

つまり、自身の心象風景の一部として動物の姿やキャラクターが出てくる場合と、夢と認識している次元で実際に動物の存在と交流していることと、両方のケースがあるということです。もちろん、その両方が一緒に重なっている体験もあるでしょう。

お盆の時期に書いた記事でも、夢の中で自分のイメージとしての相手を経験することと、実際の交流との質の違いを感じることについて、ふれました。
「お盆。大好きなあの子に会えた。」

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厳密に言えば、私たちはどんな体験も「自分仕様」に翻訳しているので、すべてが自分の心象風景とも言えるのです。

ただ、いずれも自分ヴァージョンの現実・自分仕様の経験になっているとはいえ、例として、こんなケースを考えてみてください。

あなたが「恐れ」や「心残り」を感じていた相手が亡くなっているとして、夢にその相手が「あなた自身の持つ恐れや心残りの通りのイメージで」出てきたとしたら、それはいかにも、自分の心を投影して作り出した夢なのだと理解しやすいと思います。
一方で、夢に出てきたその相手が、あなたの心の中にある思いとは全く違う印象で、あなたへ何かさりげない一言――あなた自身では意外に思う言葉――をかけて行ったとしたら、あなたはそのときの感触から、「もしかしたら、相手が会いにきてくれたのだろうか。夢(別次元)で、実際に交流したのだろうか?」と感じるかもしれません。
普段馴染んでいる思考や、信じている妄想とは違う形の異質な体験は、吟味する気持ちが生まれます。

夢には、色々な体験が含まれます。その領域は膨大です。
夢の経験を、私たちの信じる概念の下、色分けしたり、線引きしたり、分類したりすることは難しいです。

それでも、普段の「日常の心の整理の夢」と呼べるような夢の体験と、一味違っている夢との違いは、区別がしやすいと思います。

動物の意識と、人間の意識のあり方の違い

この度の夢での犬たちとの交流は、★霊的な話★のカテゴリに収録している、亡くなった後、何らかの理由でサポートが必要な方々を案内する体験に近い感じでした。

カテゴリ「霊的な話」

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過去にも、こういった「ご案内」の夢の中に印象的な形で、犬が出てきたこともありました。

「霊的な話:寄り添っていたワンちゃん」

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その記事内で書いたように、動物たちは、人間とは違う「意識の自覚性」を保っています。
彼らは、種としての集合意識を自覚したまま「個」であることができ、そこから切り離される感覚がありません。
人間のように独自の幻想の中で、全体から分離している感覚を抱くということがないのです。

だからこそ、人間になじみの生命観や、死への恐れを、動物にそのまま当てはめて理解しようとすることは間違っています。

その認識から、私は、あまり「死後、案内の必要な動物がいる」という考えは持っていませんでした。人間のような心の「囚われ」が無いからです。

種を超えて育まれる絆

ところが、いわゆるペット、人間を身近に感じながら共に暮らすコンパニオン・アニマルたちには、人と交流することによって、野生動物とは異なる意識状態や感情が生まれるのだということも理解しています。人間との関係性を受けて彼らの意識も変化するのです。

その絆が、ひとつの生だけではなく、複数の生をまたいでいることもあります。
もちろんあなたも、その動物存在も、別の生では別の姿をしているのですが。
そういった動物と出会ったとき、あなたはきっと何か懐かしい感覚や、深い繋がりを感じ取るでしょう。

そしてまた、野生動物であれば持つことはないであろう感情や、「飼い主である人間が持っている観念の影響・それへの反応」が動物に表れることもあります。

この点からも、家族の一員である動物が起こす問題行動や反応は、それを起こしているように見える動物ではなく、「人間のエネルギー」を整えることが必要になるのです。

過去に記事で紹介したドッグ・トレーナー、シーザー・ミランに私が共感したのは、この認識が共通していたからという点もあります。

「シーザー・ミランを熱く語る~犬は今を生きている~」

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「Andre Millan君に癒される(犬のApollo君と一緒のメッセージ翻訳)」

beats-and-love.hatenablog.com

これらの記事を書いたときから時間が経っているので、最近は全く、シーザーたち及び、犬に関する情報をチェックするということはありませんでした。

また、私は現在、動物を飼っていません。
過去に飼っていた動物たちも小動物が主で、犬との交流は、小学生のときに近所の犬と遊んだことがある程度で、少ないです。

個人的には、犬と猫なら、猫の方が気構えなく交流しやすく、犬は少し気後れしてしまう感じがあります。
心の中では犬も大好きで、同じように愛しさをおぼえるのですが、現実には、猫に対するほど気軽に交流できません。遊びに行ったお友達の家に猫がいたら喜々とするけど、犬がいたら(犬の様子によっては)ちょっと居心地が悪いかも……という程の違いはあります。

普段の現実での私は、そんな感じである、ということを前置きしておきます。

夢で出会った、小型犬たちの集団

夢の中では、私はとても親しい犬に出会うことがあります。
たとえば、別の生で深く繋がっていた犬。

彼らの方が私のことを覚えていて、深い愛情を示してくれるのです。

また、夢では「人間語で」声に出して話してくれることもあります。
実際にはテレパシーかもしれませんが、夢の中の私には音声で聞こえます。
私がエネルギーの表現を翻訳してそのように聴いているのだとしても、夢では人間同様に動物と会話できることが珍しくありません。
ときには、話したいことがたまっていたのか、一気に早口でまくしたてられて、びっくりすることがあります。聴きとるのに一生懸命になってしまいます(笑)

今回出会った犬たちは、私と個人的に知り合いの犬たちではありませんでした。

ふと、夢のあるシーンで出会ったという感じであらわれた集団……といっても8~10匹くらいの数で、みんな小型犬でした。そしてたぶん、みんな洋犬でした。

私は犬種に詳しくないのでわからないのですが、トイプードルが数匹と、他の数種の犬たちがいました。

彼らは2つの群れを作っていて、どちらの群れも、同じ方向へ歩いていました。

みんな、毛が汚れていて……野外生活が長いのかな?という様子でした。
ほとんどがトリミングの必要な毛を持つ犬たちで、人間によって手入れされる必要があるのに、されていない姿です。

うれしそうに近づいてくる犬たち

私の姿を見ると、彼らはうれしそうに近づいてきました。

とてとてと歩きながら、そのうちの一匹の、白に近いゴールデンカラーのトイプードルが、「背中かいて!」と言ってきました。

それから、他の犬たちもわらわらと一斉に来そうな感じだったので、私はシーザー・ミランの犬の扱い方の基本を思い出し(笑)、犬たちが穏やかに落ち着けるように、あえて「ノータッチ、ノートーク、ノーアイコンタクト」の状態を保ちながら、群れを従えるように先頭を歩きました。

すると、2つの群れは、だんだん静かになって、とてとてと私の後を歩き続けました。

小さい広場のようになっているところで、止まって休んでいるとき、犬たちは思い思いに地面やベンチの上に座ったり、寝そべったりしました。

私はそのうちの一匹、ベンチに座っている白と黒のまだらの模様のある犬をなでました。
彼は、ゆるくウェーブがかった、つやのある、少し長い毛を持つ犬でした。

毛が伸びてしまっているので、ちゃんとカットしてあげたら、とても美しい姿の犬なんだな……と思いながら、彼の頭をそっとなでました。

すると、犬が、片目から涙をこぼしました。

(後で調べると、犬が泣くときは病気など物理的な要因のみとか、怖いときに泣くとか、感情では泣かないとか色々情報を知りましたが、この夢では、)私は、犬がつらい思いをしてきたことを感じ取りました。

寂しかったとか、人恋しかったとか、そういう感情に近いものもありましたが、このときの犬の感情を私にははっきりと言語化することができません。

私は、ここにいる犬たちがみんな、飼い主によって放棄された犬なのだとわかりました。

(夢の内容、終わり)

別次元での活動が、この現実の動機になっているかもしれない

私は先述のような理由から、これまで、亡くなった後の犬たちに「癒し」が必要だとは考えていなかったのですが、もしかすると、人間と共に暮らし、絆を築いた犬たちにとっては、人の手による癒しが必要になるケースもあるのかもしれないと今回の経験で思いました。

人間のような囚われの心を持っているわけではないけれど、何か、人との間に「思い残し」のようなものが生まれた犬たちが、この夢で見たように集まって過ごしている所があって……
人間との関わりで生まれてしまったその思いは、私のようにその場を訪れた「人間」と交流することで、和らぎ解消されるのかもしれません。

このことに気づいた後、「それでは、もしかすると、こちらの現実(起きている間)に身近に犬がいるわけでもなく、これから犬を飼いたい希望があるわけでもないのに、私が熱心にシーザー・ミランの情報に惹かれて勉強していたのは、むしろ夢の次元での活動に必要だったからなのでは」と、ひらめきました。

もし、そうだとすると、私たちは「この現実」があたかもメインのように思っているけれど、こちらで行うことの端を発するのが実は「あちら(意識の別の次元)」で、そういった本当の目的を自覚することなく行っていることもあるわけかと、改めて「普段いかに“この現実が主である”と思い込んでいるか」を考えさせられました。

種族は違っても同じ存在同士

いつからか私は、動物たちを見るとき、そこに「存在」を強く感じるようになりました。

言葉にするのが難しいのですが、昔の私が、動物を好きでありながらも「動物」というラベルを通して彼らを見ていたとすると、今は、彼らを「人間とは異なる種の知的な存在」として、はっきり見ているのです。

人間とは別種の「インテリジェンス(知性)」を感じ、その存在と向き合っているという鮮明な感覚が起こるのです。

それはある意味では、これから人類が出会うであろう「宇宙人・異星人」と交流する感覚と何ら変わりがないのでは、とも思うのです。

動物たちは、身近な「異種族」で、人間同様に意識を持ち、
ヒトとは異なる構造の豊かな感情や感覚もある、知的な存在です。

決してヒトに劣る存在ではないし、本来、ヒトによって支配されたり“保護”されるような存在ではないのです。

いつから自分がこのような認識を持ち、感覚がこうもはっきりと変化したのかはわからないのですが、以前は自然と身につけていた「動物」というラベル(ものの見方)が消え失せ、その感覚をもう持つことはないのです。

たとえば私の大好きなうさぎなら、うさぎという形態の奥に「存在」を感じます。
それはぼんやりと「魂」と表現するより、「個」の色を持つ独自の明確な存在感と描写したいものです。

夢で出会った犬たちとのエピソードを含め、この記事が私たちの地球メイト、動物たちとより良い関係を築くきっかけとなれば幸いです。


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