おはようございます。
こちらは夜の間に台風が過ぎ去って、今朝は晴れています☆
かなり明るい月も出ていました。
今朝の月。6時1分。
好きな1枚です。
今朝の空
これも月と雲とのショット
今日は朝のうちしかブログを書く時間が取れないので、早めに更新します♪^^
今回のテーマは、自虐のエネルギーについて。
それがあなたに教えてくれていることは何でしょうか。
☆☆☆
自分で、自分のことが嫌い!という思いが強いと、
自虐のエネルギーを出すのが癖になってしまいます。
かつて私も、そうだったことがあるのですが、
ちょっとした言葉の端々にもそれがあらわれたり、
人に対して笑いをとる、明るくふざけるようなときにも、
「自虐」の癖が出てしまうんですね。
もちろん、行動やものの見方、考え方、発想にも、
それが反映されてしまうのです。
ものごとにいい・悪いはないですが
あなたが幸せを感じたい…と望んでいるなら、
自虐のエネルギーとはきっぱり決別した方がいいです。
「私なんか…」という思いに気をつけてください。
その思いを持ち続けたければ持ってもいいけれど、幸せな状態にはなりづらい。
自分で自分の幸せをじゃまして、遠ざけてしまいます。
フラットに(特別な思いを乗せることなく)、
「私は○○だよ」と自分を形容するのとは違って、
「私なんか○○」という表現は、罪悪感に端を発しています。
一見、似たことをしているようでいて、この、
罪悪感が元になっているか、なっていないか
という違いはエネルギーにはっきりと出ます。
ですから、言葉としては同じように、
「私は、○○だよ~」、「私なんか、○○だよ」
と、自分のことを描写したとして、
そこに何の罪悪感もなくただ形容したのであれば、
自虐のエネルギーは含まれていませんし、
一見、無害に見える内容でも、
その人にとってそこに罪悪感があれば、
自虐のエネルギーをまとっているということです。
具体的には、言葉より、元にあるエネルギーの違いなのですね。
それぞれの人の中に、イノセント※な自分を見つめてあげる視点と、
(※純粋無垢、けがれのない、無邪気な、という意味です)
自分に対し意地悪な、必要以上に厳しかったり悪意がある視点、
両方があるとして、
自分のことが嫌いな人、自虐的になる癖のある人は、
前者の視点を使いこなしておらず、
後者の視点ばかりを自分の中で稼働させてしまっています。
そんなにも、自分をいじめる必要はないですよね。
自分を虐げると、その反映を外にも見ることになってしまいます。
あたかも、人や状況が、自分を虐げているかのようにして見ます。
まずは「私」が自分を虐げていないかどうか、を見てください。
そしてもし、そうしていること(自虐していること)に気づいたら、
それを止めることができるのも、「私」から
ということに、気づいてくださいね。
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