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ワクワクの誤解~恐れも含め本心をよく観察すること~

精神世界とかスピリチュアルと呼ばれている分野の中では、字面だけの理解が横行してしまう内容というのがけっこうあります。

それというのも、本来言葉で示せない領域を、何とか言葉にして理解を促すものだからです。

よく聞けば、よく読めば、自分自身で深く考えれば、どういうことなのかその本質をわかっていくことでも、表層的に捉え、インスタントに、「これさえ守れば、こうしておけば、うまくいくんでしょう!」とばかりにマニュアルのように使おうとすると、もちろんおかしなことになり、結果としてその人は、

「あの教えは間違っていた」
「あんなの効かないよ」

と結論づけることになるのです。

私が長年、こうした分野に携わり続けていて、その中でも色んなブームが行ったり来たりするのを見ていましたが、コンスタントに誤解され続けているものの中に「ワクワク」という言葉があります。

ワクワクを追いかける、ワクワクに従う……そんなことしてたら人生崩壊するよ、的な否定の論調を聞く度に、そういう字面の解釈ではない意味がそこにはあるのに、と思います。

あなたのハートをセンサーにするという意味で、その教えはちっとも間違っていません。
けれども、それは「感情的に物事を決定する」ということとは違うし、「楽な方へ流される」ということともまた、違うのです。

本当に、本当に、実践しながら自分の心を観察していくならば、わかることがあります。
でも、そこには「自覚」が不可欠です。
自分のフィーリングを精査することなく、むしろ自分自身を直視するよりごまかしてしまう方が楽だと決めた場合、その意図通りに「見えなくなってしまう」ものが出てきます。

好きならば、いつも楽である、つらくないという誤解

たとえばあなたは、好きなことをしていたらいつも「楽」だと思いますか。

この質問自体がトリッキーで、そもそも「楽」って何だろう、と思いませんか。

ちょうど、4月1日の講座の中でも、参加者の方から似た話題がシェアされたのですが、
「講座レポート『夢を叶えることと、それに伴う意識内のヒーリング』。どうもありがとうございました!」

beats-and-love.hatenablog.com

大変だったりつらい思いをしたりしても、ただやめれば楽になるんじゃなくて、自分はそれをしたいんだということに気づくことはありませんか。

そしてその場合、「ワクワク」って何だと思いますか。

これはとても色々な答えが考えられる質問なんですよ。

たとえば、今やっていることは心からしたいことなのだけれども、生活のバランスがそれのみに傾きすぎていて、楽しめなくなっているとしたら。
その場合は、「いやになるほどひとつのことだけに従事しないで、ほかに惹かれることも並行して行うこと、別のことにも時間を割くこと」が必要です。

それとも、行っていることの「やり方」の中に変なこだわりがあって、それが苦しみの原因になっているのかもしれません。
その場合は、していることの内容やジャンルそのものが問題なのではなく、観念を見る必要があります。

あるいは、かつては情熱を感じられた物事に、「かつてのイメージのまま」従事しているけれども、本当はもうそこに関心がなくなったという「自分の変化」を素直に認めていないのかもしれません。

……まだまだ数限りなく、人によって、そして時期によって、ケースバイケースで答えは存在するのです。

しっかり内側を見て、細かい違いにも意識を向けるとき、たくさんの人が「ワクワクに従っている」と言いつつ、自分の本心を取りこぼし、無理矢理ポジティブになったり、何らかのルールに従おうとして、「逸れてしまう」ということに気づくでしょう。

無理矢理、自分に「ポジティブやワクワクを強いて」はダメ。

恐れがあったら、「それを無い事にしてワクワクできるか自分に挑む」のではなくて、恐れを見ることが必要です。
そうしなければ、心の中にはいつまでも目を逸らしている「蓋」がある状態で、そのままだとナチュラルにワクワクはできないですよね。いえ、本当のワクワクとは、その蓋を取る方へと必ず導くものなのですが……。

恐れから逃避しながら、嘘のワクワクのフィーリングを作ったって仕方がないんです。

心にともるちっちゃな灯りや、さっと吹き抜けるやさしい風

一方で、そのような恐れの中にいても「かすかにこれは胸がときめく」、「ふんわり明るい気持ちになる」という物事が存在しています。

「ワクワク」というと該当しないように思うかもしれないけれど、それは言葉の持つイメージに囚われているからで、そのときのあなたにとって、いわば本当のワクワクとは、ハートで感じているそういった小さなナビゲーションを大切することです。

「表層的な自分(もしくは人々)のふるまい」にだけ注目することを習慣にしていると、今お話ししているような「違い」に気づくことができません。

大切なのは、その奥にある「真に物事が起こっているところ」では、一体何が進行しているかなんです。

自分にとって大切なこと、魂の道を、「いやだ!」と思っていることがある

自分自身の「魂」、つまりあなたの本心が望んでいる人生を生きたいと思うとき、その道を今のあなたが必ずしも「気に入っている」、「好ましく思っている」とは決め付けない方がいいのです。

表層のフィーリングを「本心」だと錯覚している場合、あなたにとってその道は、「避けたい選択」だったり、「望ましくない結果」だったりするかもしれないのです。

明らかに、全てにおいて心が沈むとき、それはあなたの歩みたい道ではないと感じるでしょう。

ところが、それとよく似たフィーリングで、「恐れが絡んでいるためにそちらには行きたくないと感じているとき」「長年蓄積した、無理であるとかつらい思いをするだろうとかの観念に染まっているとき」本当はあなたに合っている道、進みたい道が、「最もいやな選択」に思えることすらあるのです。

そのとき、ずっと使っていなかった筋肉を慣らしていくかのように、あなたは一歩一歩、自分をトレーニングする必要があるかもしれません。

恐れの習慣に引きずられず、あなたの魂があなたを導くものに従うと決めるのです。

そのような道に乗り出し、トレーニングしていく中で、一時的に心の表面は「ワクワクしないように感じられる」ことが出てくるかもしれませんが、そのフィーリングをよく確かめてみましょう。

あなたの中に深い充実、何かあなたを捉えて離さないものがあるでしょう。
ルンルン、タラリラとご機嫌に歩んでいるのとは違っていても、深いところで自分が「YES!」と言っていることに気づくことがあるのです。

あなたが「いやだいやだ」と言っていることは、本当の「嫌」なのか。

ワクワクというフィーリングは、いつもポジティブに感じられるものなのか。

ひょっとすると、あなたが恐れから「いやだいやだ」と避けているものの中に、あなたの魂がワクワクすることが隠れているかもしれませんよ。


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