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失敗体験を評価しよう

今回は、「失敗体験を評価しよう」というお話です。

成功・失敗という物差しのもとに物事を見るとき、「成功はいいもの」、「失敗はわるいもの(避けたいもの)」という風に考えていることはありませんか。

本当のところ、何を成功と呼び、何を失敗と呼ぶかさえ、ものの見方によって変化してしまうのですが。
たとえば、今のあなたが「成功とはこういうものだ」と信じている内容と、霊的な自覚のある自己(存在としての「私」)が想定する成功とは、全く異なるものかもしれない、ということです。

それも心に留めて、続きをお読みください。

失敗することで学ぶ内容の豊かさ、有益さ

あなたが何かで「失敗した!」と感じるとき、ある体験をそのように評価するとき、
少なくともあなたは、「違う結果を望んでいた・期待していた」のだと言えます。

意識的にせよ、無意識的にせよ描いていた自分の希望とは、「異なる結果」になってしまったと認識しているのです。

「こうしたい」、「こうなってほしい」という望みや期待が何もなければ、成功も失敗もありません。
成功だとか失敗だとか言えるとき、自分の決めたゴール、心の中で基軸としているヴィジョンを持っているんだということです。

ただし、実際に体験してみて初めて、その内容を具体的に自覚する場合があります。

「私はこうなってほしかったわけではない」と知ること、感じることで、
「本当は、何を望んでいるのか。自分の描くヴィジョンとは、どこが違うのか」認識することができるのです。

つまり、失敗と見なした体験からは、今の自分に何が必要か、変えたいことはあるのか、何を見直したいかなどを学び、真の望みと一致できるよう「軌道修正」を行うことができます。

それと同時に、先に書いたようにあなたが下す「成功、失敗」の判断は、そのときのあなたの価値観やものの見方に左右されます。
あるときは失敗だったと思ったことが、後に、成功であったと感じることもあるのです。

「順風満帆」に特別な価値があるわけではない 

もし、成功と呼べる体験ばかりが続いて、失敗がなく、順風満帆だったら……
もちろん、その体験から学べることもあるのですが、それが特別に「失敗を交えるよりも良い状態である」というわけではありません。

あなたの内的な状態、内側で起こっていることに注目してください。

あなたが失敗から何かを学ぶとき、「インパクト」は大きいですよね。
身をもって経験したからこそわかること、その貴重さを実感するかもしれません。

ただし、その経験をもし「ダメだった」、「起こらない方がよかった」などと断じてしまったら、「あなた自身がそのように価値を決めたので」、あなたの考え通りネガティブに(自分を制限する方向で)そのインパクトが作用します。

一方、同じ経験でも、あなた自身の望むヴィジョンをより明確にするために、そしてあなたの内側に何があるか、どんなことを信じているかを理解するために活用するなら、あなたは一度は「失敗」と考えた内容を、望みの実現に仕えてくれる大切な「1ステップ」として受け取ることができるのです。

ときには、あることを学ぶのに最適な方法が、失敗を経験することだという場合もあります。

ところが、失敗への恐れを持っていたら、どうなるでしょうか……。

失敗を避けようとすると、思考も行動も狭めてしまう

「失敗したくない」という思いが強すぎるあまり、「失敗するくらいならやらない方がまし」と、自分の行動を制限することがあります。
「どうせ失敗する」という発想で、本当はしたい何かに手を出せないというのもそうですし、さらに失敗への恐れが強すぎると「失敗しそうなことはあらかじめ希望から除外する」という作業を心の中で行うので、自分の素直な望みがわからなくなります。
望み自体が「存在しない」かのように思い込むこともある
ということです。

あなたの思う「成功している人」を誰か思い浮かべるとき、その人があたかも、何でもうまくこなしてきたかのように錯覚することがありませんか。
成功にフォーカスすると、失敗は霞んで、ないも同然に見えるのかもしれません。

しかし、どんな人にも、得意なこと、不得意なこと、貫くことと、変化すること……
それぞれの個性に沿って、必ずあるのです。

ただ、皆がそうでありながらも、差が生まれる部分があります。

それは、自分という存在への情熱や愛の度合い、言い換えると、どれだけ自分について関心を持ち続けることができるかという点です。

あなたという存在へ偏った評価をし、あきらめていませんか。

あなたがもし、あなた自身をあきらめて
「この人はもうダメだ。何かを望むだけ無駄。」
「こんな自分になんて、生まれたくはなかったのに。」

などと考えるなら、自分について知ること、あなた自身を活かすことに熱意がない、もう関心がないと「打ち切り宣言」をしていることになります。

この人生で、あなたに与えられ、自ら選んでもきた個のキャラクター、「あなたという人間」について、そのような評価を下し、自らエネルギーを供給したくないということです。

そう思って続く人生は、苦痛です。
あなたの環境や人間関係は変わっても、あなた自身とはずっと一緒なのですから。
そんな自分と、あとどのくらいおつきあいしなければならないのか……。

でも、その「評価」は本当でしょうか。
偏った見方ではないのでしょうか。

たとえば、「いつも何かが上手にできる」ことを強いたり、「やりたくないことをよろこびを持ってやるよう」説得したり、無理な制限を課しながら、「このくらい、こなしてくれよ!」と自分に怒鳴ったりしていませんか。

自身の心に耳を傾け、十分に「協力」しているでしょうか。

あなたが「自分は○○だ」と断定するとき、それはあなたの真実になります。
あなたの現実として、実体を持つのです。

人生の中にあらわれる、あらゆる体験に価値を見出すか否かは、あなた次第です。
そしてそこには、あなたが「失敗」と見なしていた物事も、含まれるのです。


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