BEATS AND LOVE

スピリチュアルカウンセリングとヒップホップ音楽、ライフスタイルや考えあれこれ

多次元的な様々な繋がりを思い出す~別の人生の愛する人々や異星人~

この記事では、一般に「輪廻転生」の中の「過去世や未来世」として捉えられがちですが、「同時にある多次元的な人生」についてのより踏み込んだお話と、
その一環である異星人についてのお話を書きます。

多次元的な生。人生への参加の仕方も様々

まず、この間、私は漠然と、これまで体験したことのある多種多様な人生、たくさんの人々について、心の中で振り返っていました。
「この現実」では会ったことがないけれど、確かに知っている、色々な人との人生をです。

私の場合、それが何を意味するかわかっていなかった頃から、夢の中であまりに多くの人生を観察・経験していました。

多くの個人、多くの人生、様々なシーン……
色々な時代、色々な場所、あらゆる人や存在たち……

それらを映画を見ているように眺めていることもあれば、自分自身を「別の人間」として経験していることも、あるいは、ある人物の思い、感情、感覚を共有し、そこにある「思い残し」を汲み取って受け取ったり伝言したりすることもありました。

その結果、私には、時間軸に沿って考えられている「輪廻転生」という概念は、誤りであるということが早くからわかっていたのです。

それどころか、私自身の経験を基に考えると、
一般に「自分の過去生・あるいは未来生・並行現実」と考えられているものの中には、

1.自分の魂の一部の人生経験
2.ある人の守護存在等として一部始終を見守っていた経験
3.地球の経験の基礎を身に付けるために、地球で生きた人の記憶データを共有する(借りる)ケース

少なくとも3種類があります。

そして、この3種の経験を、厳密に分けることは難しいのです。
どれも、ある意味では「私の」体験として経験することができるからです。

ただし、私自身の地球人としての経験の中には、感触として1以上に、2と3の経験が多く、そのことは、ある時期まで私を少し悩ませました。
(一方で、異星人や他の形態の存在としての体験は、自分自身の魂が経験している1が多いとはっきりわかるのです。)
スピリチュアルな分野での知識や交流が増えた後も、自分と同様のケースについて、ほとんど他の例を読んだり聞いたりしたことがなかったからです。

今では私自身の理解が深まり、確信を持って、「一口に地球の経験といっても、参加の仕方にも種類がある」と自らお話しすることができますが、かつては、そこへの言及が滅多にないということを、寂しいような、規格外の存在になったような気持ちで受け取っていました。

「輪廻転生」の考えに親しみ、この概念に初めて接するという人でも、各人生を「データ」として捉えていただくと、私のお話ししていることは理解しやすいかと思います。
幾多もある「地球の人生データ」に、どのような形で参加するか、という選択肢もあるということです。

ブログ初期の頃にも「宇宙人のひとりごと」という記事内でそれについてふれました。
ここでは、自分という存在をウェブサイトにたとえると、使われている素材やリンク先が他の人生に相当する、と説明しています。

beats-and-love.hatenablog.com

他の記事でも、「同時にある多次元的な人生」については、色々なたとえで説明しています。

さて、そんな中で、私にとっては「地球人生よりリアル(自分にとって現実的)」なあり方のひとつ、異星人についてお話しします。

同時進行で別の星の仲間ともコンタクトを取っている

どんな人も、何らかの形で別の星の文明と繋がりがありますが、私のようなタイプの者によくあるのが、「同時進行で別の現実とコンタクトを取り続けている」と自覚できるケースです。

私の場合は、主に夢の中でそれを度々実感してきましたが、これはたとえば、「異星人という他者」とコミュニケーションを取ると言うより、 「別バージョンの自分」や、「そちらの自分にとっての身近な仲間たち」とコンタクトを取っているということなのです。
自分間で、互いの情報を役立てています。

まるで、複数の映画DVDを同時に見ている(そして出演もしている)ようなものです。

「あっちの私は、一緒に地球探査活動に参加している兄が二人いる女性で、ママは母星に残っているがよく通信を送ってよこす、私と兄たちは宇宙基地の訓練施設に来ている……私たちの外見は、地球人で言うと白人種に似ている。私たちの仲間は全員、このプロジェクトにとても情熱的である。」

「また、こちらでは、地球でいう黒人種にそっくりな姿の、長身で広いおでこを出した、銀色のスペーススーツを着ることがある女性が、ファッションに関係した仕事をしているシーンを見る。彼女はとてもきっぱりした物怖じしない性格で、堂々としている。」

……そういった無数の現在進行形の情報を、ところどころ垣間見ては、また、気づくと私は「地球人の今の私」に意識を戻すという、そんな日々になるのです。
もちろんその中には、未来世界の地球はもちろん、この例で挙げたよりも膨大で、多様な存在の仕方による個性が含まれています。

まるでSF映画のような設定に驚くこともしばしばですが、私にとって、これは子どもの頃より「止められない」自然発生する体験なのです。

すると、「私」という存在の幅広さ、意識の含有する膨大な情報と、それを同時進行で機能させることができるということの素晴らしさに驚きます。

これを読んでいる方の中には、もしかすると、特定の異星人に親しみを感じたり、交流体験があったりする方もいらっしゃるかもしれません。

あなたは、その存在たちを、「他者」だと思いますか?
もしまだ思い出していなかったら、これが自問自答する「種(たね)」になることを願います。

自分自身が思い出さなければ意味がない

人生に対しても、それぞれの意図があり、目的があり、設定があるのです。
それは人生を体験しながら変えていくこともできますが、基本的には、あなた自身がわざわざ決めてきたことですので、設定したことはそのままで意義ある(あなたの目的に叶っている)ことが多いです。

私を例に出すと、夢などの経験を通して自然と思い出したことが多くある一方で、「自分自身がそうしたいと思わなければ思い出さない」内容が未だ、あることも確かです。

それはたとえば、異星人との交流の中でも起こります。

以前、「銀ちゃん」と私がニックネームで呼んでいるプレアデス存在との交流を記事にしましたが、彼らとの交流はそういったもののひとつです。

銀ちゃんの簡単な説明「ヘルパー存在紹介(覚書用)」

beats-and-love.hatenablog.com

スピリチュアル分野であまりにその名がもてはやされていることや、また、その名を冠したイベント・情報等との個人的相性から、私はなんとなく、プレアデスと分類される異星人の種に反感を抱いていました。

実際は「プレアデス」と一口に言っても、様々なグループがあるのですが、ある時期まで私は全体的に拒否反応のようなものを示していたのです。

ところが、ひょんなことから交流し始めた銀ちゃんが、プレアデス存在であると後から知ったことと、それからしばらく後に、ブログ記事でも紹介した、北米インディアンの異星人との遭遇体験の本(プレアデスの言い伝えも出てくる)を読んだことがきっかけで、じょじょにその反応は薄れていきました。

本は最近のこちらの記事で再び紹介しています。↓
「宇宙人(異星人)、存在の表現の多様性」

beats-and-love.hatenablog.com

それでも、私にとって彼らとの交流は、やはり「自ら意識しないと進まない」ものです。

そんな中、この記事の冒頭に書いたように最近「自分の経験した多種多様な人生を振り返る」ということをぼんやり行っていたとき、珍しく、銀ちゃんがパッと語りかけてきました。

そのメッセージは、私が最後に交流したときに伝えられたことと関連していました。

「月のステーションに自室があった」

beats-and-love.hatenablog.com

「月のステーション続報、ラスさん」

beats-and-love.hatenablog.com

この2回の、「月のステーションに自室があった」の方の記事で、私は最後に銀ちゃんから「エンディミオン(エンデュミオン)」というたとえを使って語りかけられています。

月の女神セレーネとエンデュミオンの話は、当時メッセージをもらったときに私なりに調べ、
★「眠り続ける恋人」
★「忘却」
などのキーワードを読み取り、なかなか思い出さない私のことをそう表現したのだと解釈していたのですが、そこで止まっていました。

でも、私が改めて自分の多次元的な人生経験について思いを馳せ、人生をまたいで存続する「絆」について考えたために、さらなる理解が進みました。

まず、上記リンク先でも書いたように、私は銀ちゃんに親しみや繋がりを感じていたものの、私は銀ちゃんを「何かしらの縁のある案内役」として捉えていました。
そんなあるとき、私がいつものミーティングポイントである月のステーションを訪れてみると、私は自分自身を「男性のプレアデス存在」の姿で経験したのでした。

その男性、ラスさんは私と魂の一部を共有している存在ということを知ったのですが、あまり自分にとってはそのことはピンときませんでした。
これは、私の彼らとのコンタクトの仕方が、完全に「夢」を見ているときよりは普段の意識のある状態なので、より疑り深くなっているということも影響はするでしょう。

その一連の出来事のとき、銀ちゃんにもらったメッセージ「エンディミオン」の部分は、なんだか恥ずかしくもあったのです。
ブログに載せるのもやめてしまおうかと考えるくらい、照れくさいお話でありました。

よりによって、スピリチュアル分野ではよく聞く「プレアデス」の存在と、月でコンタクトを取って、その上、月の女神の恋人を指す「エンディミオン」をたとえにして語りかけられたなんて……恥ずかしい!と、自分の経験を評価したのです(笑)

ところがその後に、「ラスさんと銀ちゃんは恋人同士(伴侶)」なんだな……ということにも自然と気づきました。地球風に表現すれば、仕事上でもプライベートでもパートナー、といったところでしょうか。

すると、「銀ちゃんにとっては、私は、愛する伴侶の魂の一部を共有する存在」ということにやっと気づいたのです。

エンディミオンの物語では、女神セレーネは永遠に眠る彼と「夢の中でしか会えません」。
現在の私と彼らは、夢もしくは、私が意図して行う投射(意識の投射)によって交流するときにしか、会えないということをたとえていたのです。

そして彼らは、私がその気にならない限り、「無理矢理思い出させようとはしない」のです。

夢で私が思い出した数々の人生は、私がある時期までに基礎として思い出すと決めてあった分で、彼らについては「今後の私の自由裁量」といった感じなのかもしれません。

「自分自身で思い出さなければ意味がない。

誰かから、あなたはこうこうこうでした、と説明されて、それで実感が湧くかな?
心底、納得するかな?

実感が湧いたり納得できるときには、自分でも、内心そうだと思っていたからだよね。

『教える』ことはきっかけにすぎない。
あなたのベルを鳴らすにすぎない。
あなた自身が、『そうしたい』と決めたことは、我々も援助するよ。」

私自身が考えていたこと、そして、今回はラスさんからのメッセージとしても、この内容をお届けして終わりにします。

★「記憶喪失」から回復するきっかけに、今月30日の講座もどうぞ。

beats-and-love.hatenablog.com


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